スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人工知能は人間よりも優しい存在になりうるか

シゾイドと持て成し

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管理職や役員など、組織内権力者が口にする「○○がしたい」という言葉。たとえば「おもてなししたい」という発言がある。おもてなししたいという発言をするからには、発言者が率先しておもてなしをすると解釈できるが、実際にはそうではない。おもてなしを「部下にさせる」「部下にさせたい」というのが本心だろう。こんなのは組織では常識だと言われるかもしれないが、普通の活動や行動とは少し違うと思う。金銭と交換するサービスや商品であれば、それを顧客に提供することはある意味取引上の義務であり、何か事業を行うことも同様だ。ただ、おもてなしの場合は明らかに商品ではないし、商品としてきちんとおもてなしを価格化しているところはそもそもおもてなしなどとわざわざ主張 しない。

結局「おもてなし」を強調する組織は単純に他にアピールポイントがないから精神論のおもてなしに執着しているだけであり、本物のおもてなしなどできるはずもなく、ただ部下をマウンティングしたり奴隷的拘束、サービス残業の正当化をしたいだけなのだ。「おもてなしっていいね」と、上司が部下に語りだすとき、そのほとんどが「おもてなし精神で俺の命令を無条件に聞いて動け」ということだ。客に対するおもてなしと称して、自身へのおもてなしを強要する社内カーストがそこに存在する。市民社会の原理は通用しない。だからこそ、テレビで既得権益にしゃぶりついている人間が「おもてなし文化」などと発言するのを聞くと、これが恐ろしい一面を持つことを感じ、寒気がする。