スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人工知能は人間よりも優しい存在になりうるか

シゾイドと卒業論文

別館『スキゾイド雑記帳』も更新中です。 http://schizoid.hatenadiary.jp/



ベーシックインカムについて考えるだけの暇な時間があるので少し書いてみる。予算が公表され、実際の財源でBI施行が可能であることを数字で把握する。一方、従来の生活保護者がBI以上の多層的社会保障を享受しているこの段階で社会保障を全廃することは弱者の切り捨てだという論も見られる。筆者はBIと困窮者社会保障は並列である方が望ましいと思うし、不正受給などと叩かれている現象はなくならないにせよ、不正受給など歳出のうち微々たるものであって、不法労働や村社会で命を落とす人間の機械損失、たとえば精神疾患への医療費等に比べたら議論するに値しないものであることは明らかだ。家族計画ができない多産世帯における再分配の難しさも指摘されるが、それは生活保護であっても同様だ。 振り込まれる現金が親を通して子に分配される以上、BIに移行してもそのリスクは同じであり、今でも分配機能の破綻は現実に起こっている。不正受給の問題は全体の金額からしたら極僅かであり、その裏に持病や生まれた劣悪な環境により困窮状態にある弱者が何百倍、何千倍といるのだが、メディアがそれを報道せず、不正受給を誇大広告的に叩いた結果、完全に生活保護は人類の敵、特に労働や村社会、団体生活を至高のものとする日本人にとっての国民的了解となってしまった。無戸籍者や性産業に従事せざるを得ない家庭環境に生まれてしまった人間の存在が、ないものとして葬られている。  

日本人は経営者に対してはどこまでも甘く、奴隷である労働者に対しては労働者同士が互いに目を光らせている、これが今の日本の現実なのだ。勝ち組、負け組などと揶揄する世間体がその凄惨な現実を示している。資本主義社会における勝敗は、「金を分配する側か、される側」かでしかない。分配される側の人間が互いに相手を蹴落としあい、罵りあい、相互監視の下、生産性の低い労働を続け、序列をつける。あたかも「人間が働くことが正義」であるかのごとく、技術革新に対して保守的な労働文化を固持した結果、悪徳セールスや詐欺、ブラック企業などがこれまでにないほど横行し、余剰労働の拡大再生産が続いた。あらゆるものが自動化され、ロボットに置き換わり、人が働く意味がなくなったからこ そ「おもてなし」「絆」などとわざわざ宣言して活動しなければならなくなったのだ。こ うした宣言によって意味が付加されなければ、人間の優位性がまったくないことを認めることになるからである。  

「選ばなければいくらでも仕事はある」「自己責任だ」という人は、新聞のセールス、マンションのセールスをありがたいサービスだと確信を持って言えるだろうか。 自分の子供が性産業に従事せざるを得なくなっても同じことを言えるだろうか。こうした当事者意識のなさが絶望的な感情行動、単純思考を増長させてしまう。 そういう感情的な人たちこそ、これらをこの世からなくなっていい仕事だと思っているはずだ。自動化されたあらゆるサービスに満足し、手数料の支払いを忌み嫌う限り、あなたが必要としている労働者の数は確実に減少を辿る。誰もが労働者、働く人間を必要としなくなったのに、なぜ「仕事をするべきだ」、特に「会社という組織に属して経営者の横暴の傘下で賃金を受け取るべきだ」という思考に拘泥するのだろうか。何ら根拠のない主張により、高度成長期の成長物語を継続したいだけなのだ。  

日本は終わった。一人当たりGDPは14位である。OECD中の国民幸福度や教育水準も上位ではない。新生児が100万人を割ったことを嘆く報道が目立つ。そんなことよりも、何のためにこの国に生まれてくるのかを問い 直すべきだ。沈没し、資源が枯渇した島に、食べることさえもできない数の人間が密集し、椅子取りゲームを延々と繰り返し、年中怖い顔をして心の狭い言動を繰り返す。そんな島に生まれて、何の意味があるのだろう。日本と同規模の欧州諸国は福祉やセーフティーネットが充実しているだけでなく、人口が適正なのだ。6000万や7000万の国民を、何とか保護できている状態だ。これらの6割増し以上の人口で、これら以上に技術革新が進んだ今、全員が幸せになる、全員が働く、全員が活躍できるなど、ジョーク以外の何物でもないのである。この国は富に応じた人間の数さえも理解できなくなってしまったのだろうか。