スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人工知能は人間よりも優しい存在になりうるか

シゾイドと惰性

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理不尽な待遇を受けていると、いつしかそれが当たり前になる。受け手がそれでいいと思ってしまうと、理不尽を他人に与えている人間は「他人の自由を奪う権利」という当たり前を手に入れてしまう。これがとても悲惨な問題だ。

自分が我慢すればいいと自虐的に他人の横暴を許す人は多いが、それは結果的に犯罪者を野放しにするように、他の犠牲者を量産し、こうした理不尽を他人に与えるようながん細胞のような人間が際限なく子孫繁栄を繰り返し、悲惨な事件、望まれない出生、虐待事件、非行事件、性犯罪、凶悪犯罪などが相次ぐ。

そして正常細胞は破壊され、理不尽が我慢するもの、少数派が我慢すればいいもの、権力者や既得権や老人や裕福世代の横暴は許されるもの、いじめや虐待も自己責任なものというとんでもない世論が完成し、人類が相互に他人を搾取し、互いにストレスをためあい、そのストレスは当事者の双方でもない、最弱に生きる第三者に向けて八つ当たりという形で発散される。

こういうことを何の違和感も反省もなく繰り返す人類。いつまで続けるのだろうか。いい加減、すべて絶滅してほしい。感情のないロボットの方が100倍ましだ。人間は他人を傷つける。人間を傷つけるのは人間だけだが、人間を幸福にするものは人間以外に幾多にも存在する。

ヒューマニズムが生み出した幾千もの悲惨な人間の営みと連鎖する不幸な生誕と繰り返される自殺、何百年たっても不都合は見えないものとして処理され、汚泥だけが無秩序に蓄積する。