スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人工知能は人間よりも優しい存在になりうるか

シゾイドと余剰

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なぜ現代において労働などで社会からあふれる人が多くなっているのかについての考察を読んだ。3次産業が割合的に増え、発達障害精神障害、内向的な人間の受け皿だった単純事務や単純労働が減って感情労働や付加価値労働が増えたから、それに適応できない人間が激増しているとのことだった。確かに、今は単純労働は非正規に置き換わるどころか機械に置き換わっていて、それらが好きな性格の人ははっきりいって居場所がない。

ただ、個人的にはそれだけが原因というよりは、3次産業自体の役割が限界にきているような気もする。3次産業はサービス業だが、サービス業なんてもはやインフラ系飲食系以外はほぼ個人で生産できるし、ネットが普及したことでエンタメはマスメディアや一部の発信者が独占的に生産・波及するものではなくなったわけだから、業者としての三次産業自体が個人に相当に食われているといえる。

組織が個人と同等なパフォーマンスしかできない時代に、組織として余計な知恵や意味のない会議や労働を増やすことで、実質的な学校の延長になっている。やってもやらなくてもいいようなことを無理矢理創出し、結局学校みたいにいじめやハラスメントの温床となっている。滅私奉公・団体行動主義の弊害がもっとも顕在化する残念な環境が増大する。

BIを施行して三次産業を産業ではなく個人活動にシフトさせ、賃金至上主義を解消することでこの問題はかなり解消するように思うのだが、何の根拠もない体育会系や既得権者の精神論で、この国の弱者の運命は絶望的なものとなってしまった。こんな国で子育てはしたくない。

労働には頭脳労働・肉体労働・神経(精神)労働の三種類があると思っている。頭脳労働は技術職など本当に注意力と正確性のみが求められるもの、肉体労働は現場の仕事という感じだ。

そしてどちらにも分類されないが人間関係がすべてといわれるような日本の悪い風習が根強い部門を神経労働と呼んでいる。呼んでいるというのは私が勝手に呼んでいるということ。
学歴社会が終わり、専攻社会になりつつある。つぶしが利かない学科を出ていると結局新卒時でさえも不利になるのが今の社会であり、上位大学でもブラック企業や会社の精神論につぶれてしまうことがある。

黙々とできて生きていくための収入を安心して得られるような仕事が絶滅寸前だ。機械化でそもそもそんなに働く必要がなくなっている。

自動化したシステムを管理するだけで十分に生産活動が可能になっているのに、1億人全員が労働をしないといけない風潮を無理矢理作り、必要のない仕事を再生産している。みんなで楽をするよりもみんなで苦しむことに満足する先進国最大の不幸国民がここにある。