スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人工知能は人間よりも優しい存在になりうるか

シゾイドと怒り

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学校の部活や行事、体育の授業、そして労働やサークル活動など、集団行動をすると必ず仕切る人間が現れて、何の権限もないのに対等な人間に対して命令口調で指示を出したり自分の喜怒哀楽をぶつけたりしますが、いったい何なんでしょうね。

怒るくらいなら今やっていることをさっさとやめればいいんじゃないかと思うんですが、そういう人間に限って、散々当たり散らしておいてあとから「あの時は感情的になったけど、みんなありがとう」などというわけです。

そういう人間をたくさん見てきましたし、そういう人間とは意図的に距離を置くようにしていますので、別に私の人生にそれらの人々の存在は何の影響も与えないのですが、こうした達成活動だけではなく、普通の人間の行動にもこの現象が共通する場面があるんじゃないかと考えることがありました。

たとえば友達関係、家族関係、親子関係なんかもそうかもしれません。身内といえども自分以外の他者との人間関係。上手くいかないことも多々あります。そんな当たり前のことなのに、身近な人間を大事にしたり、差異を受け入れることなく、感情的にイライラしつつも親密な関係を保とうとする人がまだまだ多数派です。

子育てにイライラ、恋愛にイライラ、夫婦関係にイライラ、そんなにイライラするなら最初から結婚も子供を持つことも恋愛もしなければいいんじゃないですかね。誰もそんなことをしてくれなんて頼んでも強制してもいませんし、みんながやっているから、今までの歴史がそうだったから繰り返さなければならないという強迫観念だけで、自分の人生をイライラしながら消耗する作業、本当に勿体ないと思います。

特に世間体や社会的地位のために趣味もなく生活の大半をせかせか過ごしている人は、何のために生きているのだろうと思います。否定はしませんが、そんなにイライラしたり嫌いな人の批判を口にしたり、不健康な感情でいるくらいなら、その目標を放棄した方がいいのではないかと。どうせそういう人は目標が達成されても次の不満を探すでしょうし。