スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人工知能は人間よりも優しい存在になりうるか

シゾイドと時間拘束

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時間を殺しているという自覚がこの国の労働環境にはない。今日の仕事も昨日の仕事も、家でパソコンさえあれば2時間で終わるのに、結局毎日12時間は移動も含めて拘束されている。バカらしいことこの上ない。これほど時間を無駄にして平気でいられる日本人のスタンダード、私には一向に馴染まない。

普通の人生を送ることができているとある程度は思っていたが、労働者になってやはり私にはストレスだと思った。時間を無限に拘束されるということに耐えられないのだ。大学と高校後半はほぼフリーだった。毎日自分の好きなように時間割を組み、好きなことを学び、多少の義務はあっても時間を自分でマネジメントすることで効率よく、無駄な時間の消化をせずに色々なものと両立することができた。

しかし、今は違う。就業時間というものが前提にあり、人事が先にあって充てられる仕事が作られる。だから意味もない会議や接待や紙媒体の庶務が多いし、誰も読んでいない報告書も多い。

こうやって40年も時間を搾取されていくのかと思うと絶望する。しかもその大半が会社にだけしか通用しない秩序を守るための茶番であり、効率だけを重視すればすべての業務を自宅で行うことができ、その分の空いた時間で給料以上のものを生み出すことが出いる。趣味的にも日常生活的にもだ。

1度しかない人生。なぜ人はここまで労働や社会に自らを捧げることができるのだろうか。結婚しても仕事がないくせにダラダラ残っている中年管理職、早く家庭に帰って夫婦で夕食を食べたがらないのに結婚した意味は何だろう。なぜ配偶者や家族や友人よりも、職場の人間と過ごす時間の方が多いのだろう。