シゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人工知能は人間よりも優しい存在になりうるか。

シゾイドと人生設計

 この性格なので、いうまでもなく労働生活は苦痛です。労働が苦痛というよりは組織の中で他人と近い距離に何時間も拘束されながら上下関係により上司の喜怒哀楽に左右されるのがつらいという感じでしょうか。上司が人工知能だったらストレスはゼロになると思います。他人に対して身内みたいに感情丸出しにして関わってくる人は本当に苦手です。他人行儀によそよそしくしてほしいくらいですね。

 私は人生で一度も「無視」をされたことがなく、受けた嫌がらせは大体が冷やかしか執着です。構わないでほしいという願望を常々人間関係で感じてきました。残念ながら労働において無視されることはなく、窓際に追いやられた再雇用のジジババが空気のように8時間黙っているだけなのを見てひたすらうらやましく思う始末です。彼らは他人から圧迫される恐怖もなく、電話が鳴る恐怖もなく、何か他者と自分の関係に変化が起こる恐怖もなく生活できるのです。本当にうらやましい。私も誰からも話しかけられずに夕方を迎えてみたい。そんなことを毎日思っています。

 学生時代に理系だったのですが、シゾイド傾向が強くコアな実験系分野に進むことを恐れ、専門性の低い専攻に進み、結果的に今は事務職(総合職なので接待や会議や対人折衝が多い)についています。コミュ障なのにコミュニケーション能力が求められる仕事をしているので、本当にやめたくなります。だったらさっさとやめればいいだろうと思われるのですが、結局、周囲の目だけを気にして現状を脱することができていません。情けないです。一応明日クビになっても働ける資格を取得済みなのですが、周囲が反対するに決まっているという現実があるので、毎日人生を消化しているだけです。もったいないです。

 なぜ、対人折衝にこれほどの苦痛を感じる性格だとわかっていながらも、準備ができなかったのでしょうか。もっとつぶしが利く専門に進もうとか、医療系に進もうとか、そういうリスクヘッジをしてもよかったはずです。それができなかったのは、一時的に対人関係が上手くいっていた高校時代にあります。高校時代に下手に交友関係が人がってしまったので、自分も普通の人間と同じように人間関係を楽しみ、組織で生きていけると過信してしまったのです。これが大学受験で油断してしまった大きなきっかけにもなりました。本当に私は愚かな人間ですね。

 就労して3年が過ぎ、貯金も700万円を超えました。余暇も楽しみつつそれなりに貯金ができているのは、ファッションや付き合いに金がかからないからでしょう。これが1000万円になったら少し働き方を変えたいとも思っていますし、私のような人間は子供を持つことも子孫を残すこともないでしょうから、仮に結婚したとしても、莫大な資金を必要とすることはないでしょう。夫婦共働きであれば、極端な話ですが正規労働者でなくても生きていける気がします。